令和元年司法試験論文式試験民事系科目第1問設問2

目次

 

凡例

1 文献

2 資料

3 法律

第1 はじめに

第2 問題文の整理

第3 事案の整理

第4 事案の処理

1 ㋐について

(1) 一般論

(2) 事案の検討

2 ㋑について

(1) 一般論

(2) 事案の検討

3 ㋐と㋑の優劣

(1) 出題趣旨の説明

(2) 私見

(3) 一応の水準

第5 この問題の位置づけ

1 司法試験の傾向

2 検討の順序

(1) 第1譲受人

ア 権利変動の障害の有無

(ア) 物の特定性

(イ) 処分権限の有無

イ 意思表示の効力の発生の有無

(ア) 成立要件

(イ) 有効要件

(ウ) 効果帰属要件

(エ) 効力発生要件

ウ 対抗要件の具備の有無

エ まとめ

(2) 第2譲受人

ア 譲受人が完全な所有権を取得している場合

イ 第1譲受人が対抗要件の具備のみ欠いている場合

ウ 第1譲受人が所有権を取得していない場合

(3) まとめ

3 本問の検討

4 個人的な疑問

第6 最後に

 

                       凡例

 

  • 1                        文献

一問一答

筒井健夫=村松秀樹『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018)

潮見・民法

潮見佳男『民法(全)』(有斐閣、2017)

中田・債権総論

中田裕康『債権総論〔第3版〕』(岩波書店、2013。使用版は、2014年第3刷)

我妻・物権

我妻榮著、有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店、1983)

我妻・債権総論

我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店、1964)

佐久間・物権

佐久間毅『民法の基礎2 物権』(有斐閣、2006。補訂された2016年第18刷を使用)

潮見・債権総論

潮見佳男『プラクティス民法 債権総論〔第5版〕』(信山社、2018)

川﨑・民法

川﨑直人『司法試験論文過去問演習 民法』(法学書院、2018)

岡口マニュアル1

岡口基一要件事実マニュアル〔第5版〕第1巻 総論・民法』(ぎょうせい、2016)

*潮見・民法全については、第2版、佐久間・物権については、第2版、潮見・債権総論については、第5版補訂が最新版です。

 

  • 2                        資料

出題趣旨

論文式試験出題の出題趣旨〔令和元年のものです。〕

採点実感

令和元年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)

 

  • 3                        法律

改正法

民法の一部を改正する法律(平成29年法率第44号)

民法

改正法による改正のない民法の規定及び、改正に関係なく規定を示す場合

新法

改正法による改正後の民法明治29年法律第89号)

旧法

改正法による改正前の民法

法律の略称は、一問一答iii頁を参考にしています。

 

 

  •                        第1  はじめに

初投稿です。令和元年司法試験論文式試験民事系科目第1問設問2について、検討をしたいと思います。なお、以下では、司法試験論文式試験民事系科目第2問のことを単に民法や司法試験の民法ということがあります。

 なぜ、この問題を解くのかというと、司法試験の民法では、毎年、権利変動に関する問題がでており、この問題がその検討にあたって有意義な視点を提供してくれると考えるからです。

 時間のない方もいらっしゃると思うので、この問題の要旨と結論だけ述べます。

 将来賃料債権譲渡と賃貸人の地位の移転があった場合に、どちらに賃料債権が帰属するかが問題の所在です。旧賃貸人は賃貸人の地位の移転が生じた後の債権を処分する権限を有しないと考えると、新賃貸人が優先します。新賃貸人は、旧賃貸人が賃料債権を譲渡した地位を含めて承継すると考えると、債権譲受人が優先します。どちらが正しいかが問われており、私見では債権譲受人が優先します。

 

 では、次に、私の司法試験の問題検討にあたってのスタンスを説明します。

私自身は、司法試験の問題を見る際には、いくつかの異なる視点を持つことが重要であると考えています。

 一つは、試験の現場で出された場合に、一応の水準を超えることができるかという視点、次に、出題趣旨、採点実感を理解して書けるかという視点、最後に司法試験の傾向全体のなかで、どのように位置づけるかという視点です。

 初めの視点は、これから、その問題を初めて解く場合に意識すべきことであり、後ろの二つは、一度解いた後の視点になります。司法試験の解説などにおいては、それぞれの視点のいずれを重視するかによってスタンスが変わると思いますので、本投稿の立場を表明しておきます。

 本投稿の立場は、二つ目と三つ目の視点で整理し、一応の水準として必要な部分は明示をするというものです。

 この問題は、この三つの視点それぞれに、意味があり、検討に値すると考えます。

 

 そして、今年度の司法試験の日程は明らかではありませんが、新法による試験になります(http://www.moj.go.jp/content/001274244.pdf 2020年5月9日最終閲覧)ので、個人的な見解になることは前提ですが、新法で説明したいと思います。間違い等ございましたら、コメントいただけると幸いです。では、はじめます。

 

  •                         第2 問題文の整理

問題文は以下のとおりです。

「【事実】6から13までを前提として,【事実】10の下線部㋐を根拠付けるためにHがどのような主張をすることが考えられるか,【事実】13の下線部㋑を根拠付けるためにFがどのような主張をすることが考えられるかを述べた上で,下線部㋐と下線部㋑のいずれが正当であるかを検討しなさい。」

これは三つの問いに分解できます。すなわち、【事実】6から13までを前提として、①【事実】10の下線部㋐を根拠付けるためにHがどのような主張をすることが考えられるか

②【事実】13の下線部㋑を根拠付けるためにFがどのような主張をすることが考えられるか

③下線部㋐と下線部㋑のいずれが正当であるか

の三つです。そこで、答案として、設問2には、三つの見出しを付けることになります[1]

 

  •                         第3 事案の整理

「【事実】6から13までを前提として」となっているので、事実の整理が必要です。事実6から13までを整理すると以下のようになります。なお、事実10の①~④の合意の扱いは、設問3に関わるため、省略しています。

H24.10.1

DがE県に乙建物を賃貸する契約を締結(本件賃貸借契約締結)、DからEへ乙建物の引渡し

H28.8.3

Eからの事前の了解を得て、DからFに対し、本件賃貸借契約に係るH31.9からH40(R10).8までの賃料債権をFに譲渡する契約締結(本件譲渡契約)

同日

D→E、本件譲渡契約の締結について通知し、翌日到達(これにより、新法467条1項の債務者対抗要件及び2項の第三者対抗要件を具備[2]

H30.2.14

DとHの間で、乙建物の売買契約を締結(本件売買契約)、GとHの間で免責的債務引受け、HからGに対し、3600万円の支払い

H30.2.20

乙建物について、本件売買契約を原因とするDからHへの所有権移転登記

H30.2.21

DからEに対し、乙建物の売却と、H30.3以降の賃料をHに支払うことを通知

 

  •                         第4 事案の処理
    • 1                        ㋐について
      •                        (1)一般論

㋐は、「Hは, 本件譲渡契約にかかわらず,乙建物の所有権を取得し登記を備えることによって,Eから本件 賃貸借契約に係るそれ以後の賃料の支払を受けることができる」との考えです。この考えを根拠づける主張として、賃貸人の地位の移転が考えられます。この点について、合意承継と法定承継のいずれもありえます(出題趣旨6頁)が、私自身が試験現場で、法定承継で論じたので、今回は法定承継にしぼって検討したいと思います。

旧法の下でも、対抗力のある賃貸借の目的不動産の譲渡がなされた場合、賃貸人の地位は、賃貸不動産の譲受人に当然に移転すると考えられていました(大判大正10年5月30日民録27輯1013頁)。この根拠として、まず、不動産の賃貸借においては、賃借人に目的物を使用収益させるという賃貸人の債務は、所有者であればだれでも履行することが可能です。また、賃貸借が対抗要件を備えている場合には、不動産の譲受人は、賃借人から賃貸借が対抗され、不動産の使用収益を拒絶することができないことも理由として挙げられていました。

ただし、賃貸人たる地位を賃借人に対抗するためには、目的不動産について対抗要件が必要と解されていました(最判昭和49年3月19日民集28巻2号325頁、民百選Ⅱ第8版59〔ただし、土地の場合〕)。

そこで、新法では、賃貸借の対抗要件を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは、原則として、賃貸人たる地位は譲渡人から譲受人に移転するとされています(新法605条の2第1項)。また、賃借人に賃貸人たる地位を対抗するために所有権移転登記が必要という点についても、明文化されました(新法605条の2第3項)(以上につき、一問一答316~317頁)。

条文の文言は以下のとおりです。

第六百五条の二 前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。

2 (省略)

3 第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

 

  •                        (2)事案の検討

では、問題に答えていきましょう。

まず、本件賃貸借契約は、「建物の賃貸借」であり、「建物の引渡し」があるため、「その建物について物権を取得した者」であるFに対し、賃借権を対抗[3]できます(借地借家法31条)。

これにより、借地借家法31条による「賃貸借の対抗要件を備えた場合」にあたり、本件売買契約によって、「その不動産」である乙建物が譲渡されているので、乙建物の賃貸人たる地位は、譲受人であるHに移転することになります。

これにより、賃貸人の地位の移転に伴って、賃料債権も移転するという考えが、㋐を根拠づける主張になります。

なお、新法では、条文の適用だけで処理できますが、時間があれば、実質的な理由も試験現場では書いた方がよいのではないかと思います。ただし、設問1~設問3を全体としてみたときは微妙なところだと思います。

 

  • 2                        ㋑について
    •                        (1)一般論

㋑は、「Fは,本件売買契約にかかわらず,本件賃貸借契約に係る賃料の支払を受けることができる」との考えです。これを、根拠づける主張として、本件譲渡契約によって賃料債権を取得するとの主張が考えられます。

この点について、出題趣旨6頁は、「下線部イが正当とされるためには,本件譲渡契約が有効であり,かつ,Fがその契約による将来賃料債権の取得を第三者に対抗することができることが必要である。」としています。

この部分については、㋐と㋑のいずれが正当かという問いで論じるべきことも含まれていると思いますが、その点は措いておき、出題趣旨に沿って検討したいと思います 。

まず、本件譲渡契約は将来債権譲渡契約ですが、旧法下においても、明文はないものの、判例は、譲渡の目的とされる債権が特定されている場合には、原則として有効性を認めていました。しかし、「契約締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるものというべきである。」としていました(最判平成11年1月29日民集53巻1号151頁)。

また、第三者対抗要件を具備するためには、旧法467条2項の方法によることができるとされていました(最判平成13年11月22日民集55巻6号1056頁)。

そして、新法においては、将来債権の譲渡が可能であることが明文化され(新法466条の6)、併せて、既発生の債権譲渡と同様の方法によって対抗要件を具備できる旨も明文化されました(新法467条)(一問一答174頁)。

一方で、前掲最判平成11年の例外の考え方はなお、妥当すると考えられます(潮見・民法全317頁)。

  •                        (2)事案の検討

そこで、本件譲渡契約の有効性判断においては、Ⓐ債権の特定、Ⓑ債権の範囲の検討が必要となります。

また、出題趣旨によると、対抗要件の具備も必要となります。

本件譲渡契約は「本件賃貸借による平成28年9月分から平成40年8月分までの賃料債権」(事実8)と譲渡の対象が特定されており、譲渡期間は12年と比較的長期ですが、営業活動を制限し、また、他の債権者に不当な不利益を与えるとまではいえず、有効と考えられます(新法466条の6第1項)(出題趣旨7頁参照)。

さらに、平成28年8月3日、DからEに対する、内容証明郵便による通知をもって、第三者対抗要件が具備されています(467条1項かっこ書き及び同条2項)。

これにより、賃料債権を取得したという考えが、㋑を根拠づける主張となります。

 

  • 3                        ㋐と㋑の優劣
    •                        (1)出題趣旨の説明

出題趣旨7頁では、「下線部㋐を正当とする理論的な理由としては,本件譲渡契約における譲渡の対象は将来『債権』であり,譲渡人Dは,自己が取得すべき債権を処分することはできるが,他人が取得すべき債権を処分することはできないから,本件譲渡契約の効力は,Hが取得する賃料債権に及ばないとすることなどが考えられる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,将来債権譲渡は,もともと将来の債権の発生という不確実な事実に効力をかからせるものであり,賃貸借の目的不動産の譲渡により将来賃料債権の譲渡人(D)が取得すべき賃料債権が 発生しなくなることは,当然想定される事態の一つであってやむを得ないことや,将来賃料債権の譲受人(F)が権利を失うことになる不利益は,将来賃料債権譲渡の契約の当事者(D及びF)の間で解決されるべき問題であることなどが考えられる。」と説明されています。

ここでは、三つの理由が提示されています。すなわち

①債権譲渡の処分権限を、譲渡人のDは有しない

②譲渡人が取得すべき債権の不発生は、想定できる

③②は、将来債権譲渡契約の当事者で解決されるべきである。

というものです。①は理論的な理由であり、②③は結論の妥当性の観点からの理由とされています。なお、②③については、平成23年司法試験民法設問2で、債権が不発生となった場合に、解除ができるかという問題として出題されていますので、参考にしてください。

このうち、今回注目したいのは、①の理由です。これは、要するに、賃貸人の地位が移転したあとの債権については、他人債権売買(新法561条)にあたるということだと考えられます。そして、「第三者」(新法467条2項)性の関係では、その債権譲受人と賃貸目的物の譲受人の関係は以下のように整理されるということになると考えられます。

まず、「第三者」(新法467条2項)の意義は、当事者及びその包括承継人以外の者であって、その債権について譲受人と両立しえない法律的地位を取得した者と解されます(中田・債権総論532頁参照)。そのため、無権利者であるDからの譲受人Eは、単なる無権利者であって、賃料債権について譲受人と両立しえない法律的地位を取得したとはいえず、「第三者」にあたりません(私見)。したがって、Hは、賃料債権の取得をEに対抗できます(この対抗とは、広い意味での対抗すなわち、主張の意味であって、467条2項の「第三者」に対する「対抗」よりも広く、「第三者」にあたらない者に対して主張する場合をいいます[4]。)。

 

次に、「下線部㋑を正当とする理論的な理由としては,本問における将来賃料債権の 譲渡は,本件賃貸借契約から将来生ずる賃料債権を譲渡の目的とするところ,Hは本件賃貸借契約における賃貸人の地位を承継するのであり,Hの下で生ずる賃料債権も本件賃貸借契約から生ずるものであるため,本件譲渡契約の効力がなお及ぶと考えられることなどが挙げられる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,賃貸借の目的不動産を譲り受けようとする者は,賃借人への照会その他の調査により,将来賃料債権譲渡がされた事実を知ることが通常可能であり,実際,本問においてHは本件譲渡契約がされたことを知りつつ本件売買契約を締結しているから,目的不動産(乙建物)の譲受人(H)が不測の不利益を受けることにはならないことや,下線部㋐を正当とすると将来賃料債権譲渡の効力が賃貸借の目的不動産の譲渡により容易に失われるため,将来賃料債権譲渡の有用性が著しく損なわれてしまうことなどが考えられる。」と説明されています。

ここでも三つの理由が提示されています。すなわち、

❶地位の承継の考え方により、賃料債権が移転した状態を承継する[5]

❷譲受人は賃料債権の譲渡の有無を調査可能

将来債権譲渡の有効性が損なわれる

というものです。❶が理論的な理由であり、❷❸が結論の妥当性からの理由となります。

これは、他人債権売買ではないという説明ですが、債権を物に置き換えると、賃貸目的物の中の一部を売買した後に、賃貸目的物の全体を売買した場合には、全体の売買以前に売買された一部については、全体の譲受人は取得できないという論理と同様のものと考えられます。

これを、「第三者」(民法467条2項)との関係で整理すると、賃貸人の地位を承継したHは、当事者及び包括承継人に類似するものであって、「第三者」にあたらないという説明になると考えます(私見)。そのため、Eは、Hに対し、賃料債権の取得を対抗できる(この対抗が、「第三者」に対する「対抗」ではないのは前述のとおりです。)。

 

本問においては、ここまで書ければおそらく、超上位答案になるでしょう。

しかし、実際どちらが正当なのかの説明は出題出題趣旨にも採点実感にも明示がないので、以下は文献を参考に私見を述べます。

 

  •                        (2)私見

まず、潮見・債権総論463頁に本問と同様の事例及びその解決が示されています。結論としては、債権譲渡が優先するとされています。

そして、その理論的理由として、「将来債権の譲渡が有効であるといっても、それは、将来債権を有しているのが当該債権譲渡の譲受人であることが前提である。他人が有している将来債権を譲渡しても、譲受人が当該債権の債務者に対して債権の履行を求めることができるわけではない。譲受人は他人の権利の処分権限を有しないからである。」(潮見・債権総論461頁)という原則論と、「譲渡人が債権を発生させることのできる地位を有している場合は、この地位に基づいて、当該地位から生じる将来の債権を処分することができる。この後に、当該債権を発生させる地位の承継があったときは、譲受人の地位の承継を受けた第三者は、債権を発生させることのできる地位を承継した以上、当該地位に基づいて発生する債権について、譲渡人の処分の結果を引き受けるべきである。言い換えれば、債権を発生させることのできる地位を譲渡人から承継した者に対しては、債権譲受人のもとで現実化する譲渡契約の効力が及んでいる―したがって、債権譲受人は、将来債権譲渡をもって承継人に対抗することができる―とみるべきである」(潮見・債権総論463頁)という例外論が示されいます。

これは、出題趣旨との対応をみると、原則論が、㋐の正当性を基礎づけるもの、例外論が㋑の正当性を基礎づけるものです。そして、潮見・債権総論463頁では、本問と同様の事例で、賃貸人の地位が移転した後は、賃料債権は、新賃貸人の下で発生するものの、新賃貸人は債権譲渡人である賃貸人の地位を承継した者であって、債権譲渡の効力は、新賃貸人の下で発生する賃料債権にも及ぶとされています。これは、例外論が妥当し、下線部㋑が正当であるというものです。私見もこれに賛同します。

 

そのため、㋑が正当であるというのが、私の結論となります。

 

  •                        (3)一応の水準

採点実感4頁によれば、㋐㋑の説明のいずれかについて問題の所在が捉えられなかったものや、㋐㋑の優劣について、対抗要件の具備の先後で決するなど大きく筋を外してしまったものが一応の水準とされています。

そのため、賃貸人の地位の移転の条文と根拠、将来債権譲渡の条文と有効性、対抗要件を論じることができれば、㋐㋑の優劣について論じることができなくても、一応の水準になったと考えられます。私自身は、試験の現場で、判例の規範の検討を忘れ、将来債権譲渡の有効性を当然に認めてしまい、㋐㋑の優劣は、処分権限の有無に思い至らず、対抗要件の具備で決するという答案でした。そのため、この問題では不良から一応の水準の間に位置付けられると思いますが、民法全体としてはA評価をもらえました。

 

  •                         第5 この問題の位置づけ
    • 1                        司法試験の傾向

司法試験では毎年のように、本問のような「権利変動、公示の原則及び公信の原則に関する問題」が出題されています。

なお、公示の原則とは、「第三者は公示方法を備えていない権利変動を存在しないものと扱うことできる原則」をいい、公信の原則とは、「公示がある場合に、第三者はその公示に対応する物権(変動)が存在するものと扱うことができるという原則」(佐久間・物権43頁)を言います。

そして、公示の原則が妥当するのは、不動産につき、民法177条、動産につき、民法178条、債権につき、民法467条でいう「第三者」にあたる場合になります。

また、公信の原則が妥当するのは、不動産につき、民法94条2項類推適用、動産につき、即時取得(192条)、債権につき、議論はありましたが、旧法下の異議なき承諾による抗弁の切断(旧法468条1項本文)が生じる場合があげられると考えます。ただし、一般に債権には、即時取得の制度はありません(我妻・債権総論517頁)。

表にすると以下のようになります。

 

不動産

動産

債権

公示の原則(対抗要件

登記(民法177条

引渡し(民法178条)

債権者への通知又は債務者の承諾(新法467条1項、2項)

公信の原則

民法94条2項類推適用

即時取得(民法192条)

異議なき承諾 (旧法468条1項)

 

しかし、ここにいう「権利変動、公示の原則及び公信の原則に関する問題」とは、①実際には対抗関係に含まれないようなものも含め、前提として、対抗関係の理解が必要となる問題、②公信の原則の適用の検討が必要な問題及び、③債権が変動する場合については、債務者と債権譲受人との関係を検討する問題を含むものとします。なお、不動産については、取得時効に関する問題も含まれますが、場合分けが複雑化しますので、権利変動原因は、原則として意思表示によるものに限定したいと思います(ただし、即時取得民法94条2項適用の場合も含むものとします)[6]

 

具体的には、過去問をみると、以下のようになります。公示*となっているのは、結論として、民法177条等の「第三者」に当たらない場合、民法545条1項ただし書の「第三者」として処理される場合などです。

問題

財産

原則

内容

令和元年設問2

債権

公示*

将来賃料債権の譲渡と賃貸不動産の所有権移転の競合

平成30年設問2

不動産

公示*

物権的妨害排除請求の相手方と妨害物件の所有権の帰属

平成29年設問3

不動産

公示*

建物所有目的の土地賃貸借における賃借権の対抗力とその範囲、賃借目的物の譲受人による返還請求の可否

平成28年設問2(1)

債権

公信

異議なき承諾による抗弁の切断と動機の不法

平成27年設問1

動産

公信

添付と即時取得

平成27年設問2(1)

不動産

公示

物権的返還請求と対抗要件具備による所有権喪失の抗弁

平成26年設問3

不動産

公示*

物権的返還請求の相手方

平成25年設問3

債権

公示

賃貸目的不動産に設定された抵当権に基づく物上代位の行使としての賃料債権の差押えと必要費償還請求権(民法608条1項)を自働債権として賃料債権と相殺する場合の優劣

平成22年民事系科目第2問設問2(2)

不動産

公示

不法行為の成立要件と対抗問題、背信的悪者排除論

平成21年民事系科目第2問設問2

動産

公信

即時取得

平成20年民事系科目第1問設問1(1)

不動産

公示*

民法545条1項ただし書の「第三者」と対抗要件

平成18年民事系科目第2問設問3

債権

公示

動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律による債務者対抗要件と第三者対抗要件のずれが乗じた場合の処理、異議なき承諾による抗弁の切断、債権譲受人の「第三者」性(民法545条1項ただし書)

サンプル問題設問1及び設問2

不動産

公示及び公信

民法177条と94条2項の関係

 

  • 2                        検討の順序

このような問題では、基本的に一人の所有者に対し、二人以上の譲受人と主張する者が現れます。この場合、どのような検討順序をとるべきでしょうか。

基本的には、第1譲受人と第2譲受人の両方について、権利変動の要件として、①権利変動に障害がないことと②意思表示の効力発生が必要になります[7]。最後に、③対抗要件の具備を検討します。

意思表示の効力の発生の検討は、4段階に分かれます。また、権利変動の障害の有無の検討は、特定されているかという対象財産自体の問題や、処分権限があるかという当事者の権限の問題等に分かれます。なお、債権の場合は、譲渡可能な債権であるかも問題になります[8]。これは、財産の問題ともいえますし、処分権限が制限されているともいえると思います[9]

以下では、第1譲受人と第2譲受人に分けて検討順序を示します。

 

  •                        (1)第1譲受人
    • ア                        権利変動の障害の有無

便宜上、よく出る二つの問題について説明していますが、対象の権利によって異なる点には注意してください。

  •                        (ア)物の特定性

特定物でなければ、権利変動が起きないので、特定されたか検討します 。また、債権であれば、譲渡可能であるかなどを検討します。

  •                        (イ)処分権限の有無

次に、第1譲受人に対する移転の時点における譲渡人の処分権限の確認をします。この処分権限とは、管理処分権などという言葉でも説明されますが、民法上には、民法206条の「処分をする権利」で出てくるぐらいで基本書等でもあまり説明がありません。そのため、検討を落としやすいです。

 

譲渡人に所有権ないし処分権限があれば、権利変動が起こる可能性があります。

ここで、譲渡人に所有権ないし処分権限がなければ、第1譲受人は、原則として、権利を取得できません。そのため、公信の原則か取得時効を検討します。

そして、公信の原則による場合には、即時取得又は94条2項の前提となる取引行為の効力の発生や、その他の要件を検討することになります 。

  • イ                        意思表示の効力の発生の有無

次に、意思表示の効力の発生を以下の順序で検討します。

  •                        (ア)成立要件

契約であれば、基本的には、申込と承諾があれば、成立要件は満たします(新法522条1項)。

  •                        (イ)有効要件

意思表示の瑕疵、公序良俗違反などを検討します。なお、ここでの有効性は、権利変動を生じさせるための処分権限の有無とは区別してください[10]。すなわち、処分権限がない場合は、権利変動は生じませんが、基本的には[11]債権債務関係は発生します(新法561条参照)[12]

  •                        (ウ)効果帰属要件

代理人として行動している場合には、有権代理、表見代理、追認の可能性があります。なお、表見代理が認められる場合には、処分権限の瑕疵も当然に治癒されることに注意してください[13]

  •                        (エ)効力発生要件

条件成就、期限到来の有無を検討します。なお、物権の場合の返還請求では阻止事由なども想定はされます[14]が、権利変動を否定するものではないと考えます(私見)。

ここまで、意思表示の効力の発生の検討順序は、川﨑・民法1~5頁を参考にしています。

  • ウ                        対抗要件の具備の有無

ここで、権利変動に障害がないことと、意思表示の効力が発生することまで検討できれば、第1譲受人に権利変動が起こったといえます。しかし、「第三者」(民法177、178条、新法467条2項)が出てきた場合には、対抗要件の具備が問題になりますから、その具備について検討することになります。

  • エ                        まとめ

以上をまとめると、①権利変動の障害の有無の検討のための、譲渡人の処分権限等の確認、②意思表示の効力発生の確認、③対抗要件の確認が、第1譲受人の段階で必要になります。

 

  •                        (2)第2譲受人

つぎに、第2譲受人との関係でも同様の検討をしますが、いくつかの場合分けが必要です。

 

  • ア                        譲受人が完全に権利を取得している場合

まず、第1譲受人が完全に権利を取得している場合、つまり、譲渡人に処分権限があり 、意思表示の効力も発生し、対抗要件も具備している場合には、基本的には、第1譲受人は、完全な権利を取得しており、第1譲受人が優先することになります。第2譲受人は、公信の原則又は取得時効によることになります。そして、公信の原則においては、前提となる取引行為の効果発生の確認と、民法192条や、94条2項(類推適用を含む)の要件を検討することになります。

 

  • イ                        第1譲受人が対抗要件の具備のみ欠いている場合

つぎに、上記のうち、第1譲受人に対抗要件がない場合を検討しましょう。この場合は、第2譲受人との関係では、所有権は譲渡人にあると解されます[15]から、第2譲受人との間の法律効果の発生を上記と同じ順序で検討します。権利変動が認められる場合には、第1譲受人にとって、第2譲受人は「第三者」にあたるので、対抗要件の具備で決せられます。

 

  • ウ                        第1譲受人が所有権を取得していない場合

譲渡人に処分権限がない場合や、第1譲受人と譲渡人との間に意思表示の効力発生が認められない場合には、もう一度、譲渡人について、処分権限の存在等を確認し、それがあり、譲渡人と第2譲受人との間に意思表示の効力の発生が認められる場合は、第2譲受人が権利を取得し、優先することになります。

 

  •                        (3)まとめ

優先関係をまとめると以下の表のとおりです。

 

第1譲受人

第2譲受人

両者の関係

処分権限あり

公信の原則

基本的に第1譲受人が優先し、第2譲受人は公信の原則の適用で保護される場合がある[16][17]

意思表示の効力発生

 

対抗要件あり

 

処分権限あり

処分権あり

対抗要件の具備の先後による

意思表示の効力発生

法律効果発生

対抗要件なし

 

処分権限なし又は意思表示の効力発生なし

処分権あり

基本的に第2譲受人が優先するが、第1譲受人が公信の原則の適用で保護される場合がある

法律効果発生

 

  • 3                        本問の検討

これまでの説明した検討の順序を適用すると、本問で最も大事なのは、賃貸人の地位の移転が生じた後に発生する債権について、旧賃貸人であるDが処分権限を有するのか、についての検討ということが分かると思います。

そのため、採点実感3頁において、「将来債権譲渡の譲受人(F)と目的不動産の新所有者(H)との間の対抗要件の具備の先後で決するとして,Fの主張に軍配を挙げる答案が目立った。しかし,この立論は,FもHも共に将来賃料債権を取得し得ることを前提としていると考えられるが,そもそも,将来賃料債権譲渡がされた目的不動産の所有権が移転し,譲渡人(D)が所有者でも賃貸人でもなくなったときに,それ以降に発生する賃料債権について将来債権譲渡の効力が及ぶのかという問題の本質がつかめておらず,低い評価にとどまった。」という記述がなされているのだと考えられます[18]

 

  • 4                        個人的な疑問

ここから先は、蛇足になりますが、出題趣旨に対する疑問を述べておきたいと思います。それは、Fへの債権譲渡について、第三者対抗要件具備を認定する必要があるのかということです。

まず、出題趣旨7頁では、対抗要件の具備を一応認定しています。しかし、下線部㋐を正当とするのであれば、そもそも、処分権限がありませんから、対抗要件の具備は無意味であって、賃貸人の地位の移転があれば、それ以降の賃料債権は、新賃貸人が取得することになります。

次に、下線部㋑を正当とすると、Dは、賃貸人の地位の移転後に生じる賃料債権についても処分権限を有しますから、対抗要件も意味を持つ可能性があります。なぜなら、債権についての対抗要件がなければ、賃貸人の地位を取得した者が、債権を取得する可能性があるからです。

つまり、この状態であれば、賃料債権について対抗関係に立つようにもみえます。しかし、賃貸人の地位を承継するのであれば、賃貸人の地位を承継した者は賃料債権を取得できない地位にあり、「第三者」(新法467条2項)ではなく、対抗関係に立つわけではないため、債権譲渡について対抗要件は必要ないと考えられます。

 

そうすると、出題趣旨6頁が「Fがその契約による将来債権の取得を第三者に対抗することができることが必要である。」とし、7頁が対抗要件具備の認定をしているのは、なぜなのかという疑問が浮かびます。この点については、出題趣旨6頁は、民法467条2項の「第三者」に対しての「対抗」のために、対抗要件が必要であるというものではなく、単に自らが権利者であることを主張できる論理が必要である、という意味として理解でき、潮見・債権総論463頁の「対抗」という言葉も、同様かもしれません。要するに、脚注4で説明したとおり、単に事実の主張という広い意味で、対抗という言葉を使っているのかもしれません。

出題趣旨7頁では、第三者対抗要件の具備を認定するように要求していますが、以上のような説明からすれば、第三者対抗要件の具備を主張する必要はないように思われます。しかし、Fとしては、自らの主張できるものは、全て主張すべきであろうということで、下線部㋑の主張の中で民法467条2項の対抗要件を得ていることを認定することが求められているのだと考えます。

 

そして、出題趣旨6頁でも紹介されている、最判平成10年3月24日民集52巻2号399頁は、将来賃料債権の差押えの効力が発生した後に、賃貸借の目的不動産が譲渡され、それにより第三者が賃貸人の地位を承継したとしても、その第三者は、当該不動産に係る賃料債権を取得したことを差押債権者に対抗することができない、旨述べており、「対抗」という文言をつかっています。しかし、この「対抗」は民法467条2項の「第三者」に対する「対抗」と同じ意義として使われているものではないということだと考えられます。つまり、賃貸目的物の譲受人を「第三者」とはしておらず、単純に主張できるという意味で使っていると考えられます。

もっとも、最高裁判所調査官の書いた解説では、建物譲渡によって、差押債権者の権利が害されることは、「対抗要件具備の先後によって同一の債権の帰属をめぐる優先関係を定めようとする民法の一般原則と整合しないこととなろう。」としています(孝橋宏「建物の賃料債権の差押えの効力が発生した後に建物を譲り受けた者が賃貸人の地位の移転に伴う賃料債権の取得を差押債権者に対抗することの可否」(ジュリスト1139号186~187頁)。そうすると、対抗関係にあるようにも考えられます。

 

以上の議論を整理すると、以下のようになります。

出題趣旨7頁の論理によると、㋐と㋑のいずれが正当であっても、民法467条2項の「第三者」に対しての「対抗」の問題ではないと考えられます。

しかし、出題趣旨6頁は、第三者対抗要件の具備の認定を求めているように読め、7頁は第三者対抗要件具備の認定をしています。

また判例も、類似の事例で「対抗」という言葉を使っていますが、これが、民法467条2項の「第三者」に対する「対抗」の意味かは分かりません。

さらに、採点実感3頁、4頁では、対抗要件の具備の先後で決するという答案は、問題の本質がつかめておらず、一応の水準にとどまったとされています。

 

そのため、結局のところ、第三者対抗要件具備を認定すべきかわからないということになります。そこで、今後、試験でどうするかですが、試験対策の観点からは、処分権限が問題になる場合も、第三者対抗要件については一応認定しておくというのが無難な処理かなと思います。

 

なお、この第6の4の文章については、同期の方の助言を受けて、かなり整理がつきました。ここで感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。

 

  •                         第6 最後に

非常に長くなりましたが、ここで、検討を終えたいと思います。権利変動の問題は、権利変動の障害のところで、処分権限などがでてきて、物権法と債権総論の知識が必要になり、意思表示の効力では、民法総則が問題になり、対抗要件では、また、物権法と債権総論の知識が必要となるというもので、必要な知識分野が多岐にわたります。そのため、基本書だけでは、知識が分断され整理が難しいので、今回、自分なりに整理してみました。

とくに、処分権限、管理処分権という概念は民法の基本書ではあまり説明されませんが、非常に重要です。共有物などについては、民法251条の共有物の変更には、処分が含まれるとされています(潮見・民法全170頁)。そして、無権代理人の本人相続の共同相続の場合に追認権の共同行使が必要なのも、民法251条によって説明されています(後藤巻則「判批」潮見佳男=道垣内弘人編『民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第7版〕』74~75頁(2015))。

また、会社法の共有株式の行使に関しても重要です(会社法106条)。さらには、民事訴訟の当事者適格全般、特に共有物に関する訴訟の当事者適格や第三者の訴訟担当にも関係します。また、所有権はそのままで、管理処分権が移転することもあり、それが倒産法分野や責任財産保全債権者代位権にも関わっていきます。今回のブログも、管理処分権についての悩みが動機の一つになっています。

 

長文お読みいただきありがとうございました。なお、ここで述べたことを全て答案に書く必要はありませんので、ご注意ください。また、私見部分については、理解のための材料とするにとどめて、答案では書かないように気を付けてください。

 

 

[1] 採点実感3頁でも「全体としては,多くの答案が,設問に従って,①から③までを形式的に項目を分けて整理し,順を追って論ずることができていたが,これらを混乱させて論じていたものは,相対的に低い評価にとどまった。」とされています。

[2] 承諾によって、新法467条1項の債務者対抗要件が具備されるのか、通知によって債務者対抗要件が具備されるのかという問題はありますが、本問ではいずれでも結論は変わりません。なお、467条1項の「承諾」が、譲渡債権と譲受人が特定している場合には、事前のものでよいことについては、最判昭和28年8月29日民集7巻5号608頁、潮見・民法全319頁、中田・債権総論529頁を参照してください。

[3] 条文上は「物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。」とされていますが、これは、賃借権を対抗できるという意味と理解されています(潮見・民法全443頁参照)。

[4] このように、対抗という言葉は、単に、存在する効果や事実を主張することをいう場合もありますが(佐久間・総則119頁)、「第三者」(民法177条等)に対しての主張をもって対抗という言う意味で使う場合もあります。対抗関係や対抗要件という言葉の場合の対抗は、後者の意味で使うのが一般的だと思います。

[5] なお、地位の承継の議論は、平成29年司法試験予備試験論文式試験民法設問2でも問われています。

[6]  これは、即時取得の要件である「取引行為」が有効であることが必要と考えられているからです(佐久間・物権145頁)。94条2項も「第三者」が虚偽表示の当事者及びその包括承継人以外の者であって、その「表示ノ目的ニ付キ法律上利害関係ヲ有スルニ至リタル者」(大判大正5年11月17日民録22輯2089頁)と解されているため、法律上の利害関係の前提として、意思表示の有効性は必要となると考えられます(私見)。

[7] 我妻・物権59頁。我妻・債権総論527~528頁。

[8] 我妻・債権総論527頁。ただし、旧法下における譲渡禁止特約は、新法で物権的効力は有しないものとされました(新法466条2項)。この点については、一問一答161~163頁を参照してください。

[9] 会社法で、株式の移転が問題になる場合も同様の検討になります。ただし、譲渡制限がある場合には、移転の要件が付加され又は処分権限が制限されており、その解消が権利変動の前提になり、その後に株主名簿等の対抗要件の問題になっていきます。また、代表者等(表見代表取締役も含む。)による財産処分も似たような検討順序になります。

[10] ただし、これは、物権行為(準物権行為としての、債権譲渡も含む。以下同じ)の独自性を認めているわけではありません。物権行為の独自性の否定については、佐久間・物権37頁、我妻・物権56~59頁を参考にしてください。

[11] 基本的に、と述べたのは、物権の設定のみを目的とする担保権設定契約などは、処分権限がない場合に、意思表示も無効と解する余地もあると考えるからです(私見)。しかし、新法412条の2第2項が、原始的不能の場合であっても、債権債務が発生することは前提にしている(一問一答72頁)ので、有効とも考えられます(私見)。この場合の実益は、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることですが、担保権を設定できない場合の「損害」が何かということは別途問題になるでしょう(私見)。

[12] なお、わたしは、意思表示の効果について、権利変動を生じさせる効果を意思表示の物権的効果、債権債務を生じさせる効果を意思表示の債権的効果という言葉で分けて分析していました。我妻・物権57頁は、意思表示の前提である効果意思に債権を発生させる意思と所有権を移転する意思とが含まれている、旨述べているので、このような分析自体は間違っていないと考えます。ただし、頭の整理として利用して、答案には書かないようにしてください。

[13] これは、民法典に、処分権限のみを対象とする条文がないことによると思われます(私見)。この点については、岩藤美智子「判批」潮見佳男=道垣内弘人編『民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第7版〕』76、77頁(2015)、佐久間毅「判批」同78、79頁を参考にしました。

[14] 具体例としては、留置権の抗弁や、権利濫用の抗弁が考えられます(岡口1・24頁)。

[15] これは、民法177条等により、「第三者」は、公示のない権利変動をないものとして扱ってよいことになり、その限りで、譲渡人に所有権があるとされることになります(潮見・民法全120頁参照〔ただし、177条の説明としてされています。〕)。このように説明すると、第2譲渡の意思表示の効力が発生した時点で、第2譲受人は「第三者」になり、譲渡人に所有権があることになって、それが第2譲受人に移転する、ということになると考えられます。

[16] この場合には、第1譲受人と第2譲受人との関係は、即時取得と取得時効の場合は、原始取得となりますが、第1譲受人との関係では前主後主の関係に類似するものとされます(取得時効について、佐久間・物権108頁参照)。つまり、売買でいう売主と買主の関係のような物権変動の当事者に類似するということです。

[17] なお、甲が乙に土地を仮装売却して引き渡したところ、乙が丙に土地を譲渡して引き渡した後に、甲からの第2譲受人として丁が現れた事例では、丙は94条2項で保護されますが、法定承継取得説がとられているため、丁と丙は対抗関係に立ち、登記の具備で優先関係が決まります(最判昭和42年10月31日民集21巻8号2232頁、岡口マニュアル1・205~206頁参照)。

[18] なお、出題趣旨6頁は、「設問2は,不動産の賃貸借から将来生ずべき賃料債権の譲渡がされた場合において,譲渡人がその不動産を売却し,賃貸人の地位が新所有者に承継されたときに,将来賃料債権譲渡の効力はその承継後の賃貸借から生ずる賃料債権に及ぶかを問うものであり,基本的事項に関する知識とこれを踏まえた論理的思考力が試されている。」としており、「将来賃料債権譲渡の効力」が「その承継後の賃貸借から生ずる賃料債権に及ぶか」を問題にしていますが、この「効力」とは、脚注12でいう意思表示の物権的効果、という意味で理解できると思います。